和尚のひとりごと№1975「浄土宗月訓カレンダー3月の言葉」
和尚のひとりごと№1975「香薫にあの人を想う」
「花信風(かしんふう)」という言葉があります。春先から初夏にかけて花の咲くのを知らせる風の事です。この風が吹けば、春には春の、夏には夏の花が綺麗に咲いていくと言われます。花を咲かせる風とも言えます。春になると桜の花が咲いてまいります。その季節になると毎年きちんと咲いてくれます。その「摂理(せつり)」というものは不思議としか言いようがありません。
自然界の不思議な法則を「摂理」と言います。自然界を支配する法則の事です。私たち人をも含め、この世の中の自然や生命の存在は驚くべき神秘に満ちています。規則正しい法則で自然界が上手く調和されて成り立っています。春になれば花が咲き、秋になれば紅葉し、やがて枯れていきます。枯れた様に見える木々も春が来れば芽吹き、花も咲くのです。
「花開きて蝶来たり、蝶来りて花開く」と言います。そして、「花は心なくして蝶を呼び、蝶、心なくして花に宿る」とも言われます。花が咲く頃、蝶がどこからともなくやってきます。そして蝶が受粉を助けてくれます。すると花はやがて種をつくり、新しい生命をつくっていきます。最初から花は蝶を呼ぶ為に開いているのではなく、蝶が来るから花が咲くのでもありません。これが自然の不思議な摂理です。
或るお家に飼い主を亡くした犬がいます。いつもその家のお母さんが、毎日夕方になるとその犬を散歩に連れて行っていたようです。お母さんが亡くなってからは、お父さんが休みの日にだけ散歩に連れて行くようになりました。いつも決まったコースがあったようで、その道を通りたがるそうです。そしてお母さんの月命日には、亡くなったお母さん愛用の履物を咥えて玄関で待ってくれています。恐らく亡くなったお母さんの匂いを覚えているのだと思います。けれども月命日の日は誰が教えたのでしょうか。毎月お仏壇で勤めるお母さんへの御回向を聞いて分かったのでしょうか。月命日の時だけそうするようで、不思議でなりません。
香りで特定の人を思い出す時があります。あの人が付けていた香水の香り、あの人の吸っていたタバコの残り香、あの人が活躍していた仕事場の匂い。良い香りもあれば、汗水を流して頑張っていた記憶を思い起こさせる匂いもあります。先程のワンちゃんは、毎日散歩に連れて行ってくれていた亡きお母さんの匂いを思い出して、その履物を懐かしく感じているのかもしれません。亡き人を想い、南無阿弥陀佛と御念仏を申して私たち自身の信仰を深めて参りましょう。