和尚のひとりごと№1193「聖光上人御法語前遍三十一」
和尚のひとりごと№1193「聖光上人御法語前遍三十一」 もし三万六万も念仏を始めて、一月二月(ひとつきふたつき)も申して、その後(ご)は打ち捨てて、一年も二年も念仏を申して、その後は打ち...
和尚のひとりごと№1193「聖光上人御法語前遍三十一」 もし三万六万も念仏を始めて、一月二月(ひとつきふたつき)も申して、その後(ご)は打ち捨てて、一年も二年も念仏を申して、その後は打ち...
和尚のひとりごと№1192「聖光上人御法語前遍三十」 第四に長時修(ぢょうじしゅ)とは極楽に生れんと願(ねご)うて、先に明かす所の恭敬修(くぎょうしゅ)・無余修(むよしゅ)・無間修(むけ...
和尚のひとりごと№1191「聖光上人御法語前遍二十九」 無間修(むけんじゅ)を悪様(あしざま)に云う人あり。いわゆる凡夫(ぼんぶ)はいかでか此の無間修を修せん。その故(ゆえ)は隙(すきま)なく申すと云...
和尚のひとりごと№1190「聖光上人御法語前遍二十八」 第三に無間修(むけんじゅ)とは、隙(すきま)なく念仏を修(しゅ)するなり。また阿弥陀仏に於いて隙(すきま)なくつかえたてまつるなり...
和尚のひとりごと№1189「聖光上人御法語前遍二十七」 第二に無余修(むよしゅ)とは、ただ一脈(ひとすじ)に彼の阿弥陀仏の御名(みな)ばかりを唱(とな)えまいらせて、余の行い勤(つと)め...