和尚のひとりごと№1367「阿弥陀経3」
和尚のひとりごと№1367「阿弥陀経3」
舍衞國祇樹給孤獨園
しゃえこくぎじゅきつこどくおん
舎衛国の祇樹給孤獨園に
【現代語訳】
※「阿弥陀経2」の…の部分でございます。
ある時、釈尊が舎衛国の祇樹給孤獨園におられて
【解説】
舎衛国(しゃえこく)
古代インドの都市。コーサラ国の首都で、釈尊が好んで滞在した祇園精舎がございます。舎衛、舎婆提、室羅伐悉底などと音写されます。
アチラヴァティー河(現在のラプティ河)の南岸に位置し、南北インドの交通の要所であり、商業都市としても栄えていました。
また舎衛国には祇園精舎の他にも東園鹿子母堂とうえんろくしもどうや王園精舎といった場所もあり、当時の教団の隆盛がうかがえます。現在は遺跡となっており、その所在はウッタルプラデーシュ州サヘート・マヘートでございます。
祇樹給孤独園(ぎじゅきっこどくおん)
インド、ウッタルプラデーシュ州シュラーヴァスティ県にあった仏教僧院。
舎衛城にスダッタ(須達多)という富豪がおりました。スダッタ は困窮している孤独な人びとを憐れんで、よく食事を給しました。
それで孤独な人々に食事を与える者(給孤独長者)と呼ばれました。
コーサラ国パセーナディ王の太子ジェータ(祇陀)の所有する園林を、黄金を敷きつめてその地を買いとり、釈尊に寄進したことから、「祇陀の園林で、給孤独長者の園(祇樹給孤独園ぎじゅきっこどくおん)」と呼ばれます。
祇園精舎のことです。
仏伝にちなむ数々の故事の舞台として知られ、その建立はバールフトの浮き彫りなど、多くの美術作品の題材となっています。「平家物語」の冒頭「祇園精舎の鐘の声」の祇園はここをいいます。なお江戸時代にはカンボジアのアンコールワットが祇園精舎だと信じられていて、日本から参詣した事例がございます。
現代語訳浄土三部経 (浄土宗出版)
浄土三部経 (岩波文庫)